英キングス・カレッジ・ロンドンをはじめとするグループは、人間の脳内で発現している古代ウイルス由来のDNA配列を調べ、それがうつ病・統合失調症・双極性障害といった主要な精神疾患のなりやすさと関係していることを明らかにした。
このことは、役に立たないジャンクDNAとみなされていたものが、脳内で重要な役割を果たしているであろうことを示しているという。
■ヒトゲノムの8%を占める古代ウイルス由来のDNA配列
私たち人間が持つDNAの約8%は、じつは大昔に感染したウイルスから手に入れた遺伝子配列で構成されている。こうした配列を「ヒト内在性レトロウイルス(HERVs)」という。
そもそも「レトロウイルス」とは、感染した細胞のDNAにその遺伝物質を挿入するウイルスのことだ。
私たちの祖先は、進化する過程で何度も何度もこのウイルスに感染してきた。これが細胞や卵細胞に感染したような場合、その感染者の子供にもレトロウイルスの遺伝物質が受け継がれることがある。こうしてヒトゲノムに組み込まれたのがHERVsだ。
■ヒト内在性レトロウイルスは当初役立たずとみなされていた
当初、HERVsは”ジャンクDNA”、つまり役に立たないDNAだと見られていた。
だがヒトゲノムの理解が進むにつれ、ジャンクどころか、意外なほどたくさんの機能を担っていることが明らかになってきた。
たとえばHERVsは、ほかの遺伝子の発現を制御できる。発現とは、そのDNA断片がRNA分子を作るのに使われているということだ。
その結果として作られるRNA分子は、タンパク質を作る仲介役となったり、ほかの遺伝子の制御を助けたりする。
HERVsの中には、脳細胞と脳細胞の結合に関する遺伝子発現を制御するものもあるし、血液や脳内でRNAやタンパク質さえ作ってしまうものもある。
さらにHERVsが起源であるヒト遺伝子すら発見されている。
たとえば、HERVsに由来するヒト遺伝子「Syncytin 1」と「Syncytin 2」は、胎盤が発生するときとても大切な役割を果たしている。
■古代ウイルスは精神疾患に関連していた
ヒトゲノムに組み込まれた元ウイルスのDNA配列がこれほどさまざまな役割を担っているのなら、それが精神に影響することはないのだろうか?
キングス・カレッジ・ロンドンなどの研究チームはそれを知るためにまず、およそ800の脳サンプルを対象に、私たちの頭の中でHERVsがどのように発現しているのか調べてみた。
その結果特定された脳内HERVsの発現を左右するDNA変異を、何百万人もの遺伝的な違いを比較した大規模研究と照らし合わせてみた。
こうして明らかになったのが、4つのHERVsの発現が、主要な精神疾患になりやすい遺伝子と関係しているということだ。
具体的には、2つのHERVsの発現は統合失調症と、1つは統合失調症と双極性障害の両方、もう1つはうつ病と関係していたのだ。
■古代ウイルスは脳内で重要な役割を果たしている
今回の研究によって、HERVs が脳に影響しており、精神疾患のなりやすさに関係していることが初めて明らかになった。
HERVs は当初考えられていたよりもずっと、重要な役割を脳内で果たしているらしいということだ。
とはいえ、精神疾患にはさまざまな遺伝子が関与しており、HERVs はその一部でしかない。その具体的なメカニズムを解明するには、さらなる研究が必要になる。
また、こうした発見から、新しい精神疾患の治療法が開発されるかどうかもわからない。
それでもヒトゲノムの中で長年無視されてきたこの配列に、眩いばかりのスポットライトが当たるきっかけにはなるだろう。
この研究は、『Nature Communications』(2024年5月22日付)に掲載された。
2024年05月28日
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